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| 香港遠征チームで潮立てをやった Tさん(中央)。腕の太さを見よ! |
足を踏ん張る時に滑らないよう船底 に木が打ちつけられている |
ペーロンのヒーロー、潮立て
ペーロンには26人から28人の漕ぎ手(大会によって人数が異なる)と2人の鳴り子(太鼓と銅鑼)、舵取り、そして囃子(監督)の約30人が乗り組む。先頭で櫂を握るのが潮立てと呼ばれ、いわば突撃隊長のような役割を担う。高い位置から真っ先に櫂を海面に突き立てるので海面は固く、最も体力のある者だけが選ばれるのだ。僕がペーロンに乗る機会を与えてくれた3丁目ペーロンリーダーのTさん(52才)は23年前の香港遠征チームでこの潮立てを担った人物だった。ベンチプレスで155キロを上げたというその腕と胸の筋肉は今でも衰えてはいない。このポジションにくらべると僕が座った後ろから3番目あたりは前の人達が櫂を入れたあとなので海面もやわらかく、体力のない者でもなんとかできるということになっているらしい。それにしてもペーロンは全身運動だった。狭い船内で足を踏ん張る所を見つけ、足の蹴りや腰、腹の筋肉を総動員しないと、とてもついていけない。
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昔、3丁目の潮立てをやったという |
運命の第4、第5レース
3丁目婦人部の手作りによる昼食を食べたあと、いよいよ第4レースがせまってきた。「あんたら試合のあとのバーベキューは脂身だけにするとよ」ときびしい声もとび緊張が高まる。それもそうだろう、去年まで優勝か2位かというチームがこのありさまである。T氏の呼びかけで全員が集まり円陣を組んで、「3丁目」「ファイト」と気合を入れた。Tさんによれば全員の櫂があわないので「船がしゃくっとる」、つまりドドーッと進まないで走ったり止まったりしている。ペーロンを速く走らせるために全員、櫂の動きをしっかりあわせろ、と言われた。
第4レーススタート、前の人にあわせて必死に櫂を海に刺し込んだ。ほかのペーロンを見ている余裕はない。
しばらくして前を見るとゴール手前の堤防がもう見えていた。午前中のレースとはちがい、ずいぶんゴールが近いような気がした。最後の打ちこみが終ってゴールしてみると結果は3位だった。ようやく3位に入れたのだ、とにかく嬉しかった。3位までに入れば幟(ノボリ)がもらえる、幟をかかげて走ると気分が良かった。
第5レース、最後の力をふり絞った。コースの中盤、ものすごく辛かったが「3丁目、3丁目」と唱えながら櫂を動かした。理屈も何もない、とにかくやるしかない。後ろの中学生たちも声を張り上げていた。最後の打ちこみは、もう泣きたくなるくらい辛かった。1丁目とせりにせってほんのわずかな差で3位に入った。
総合成績は4位と今まで常に優勝か2位の成績を誇ってきた3丁目にとっては最悪の結果となった。しかし、Tさんをはじめ皆サバサバしていた。練習量は少ないし万全のチームで大会にのぞむこともできなかったから結果はこんなものだろう、と思っているようだった。優勝した北部地区は人口が多くペーロン選手の平均年齢は20才代と若い。しかも、その半数近くが神の島連合チーム(長崎ペーロン選手権に町のチームとして出場する1軍)のメンバーときては優勝してあたりまえと言ってもいい。3丁目にとっては、来年以降のきびしい展開を予想させる結果に終ってしまった大会だった。
全力を出す
ジョギングなどの運動は普段からしているが、自分の体力の限界まで力を出す機会はあまりない。ペーロンのおかげで久しぶりに全力を出す運動をした。若い人達とくらべての体力の衰えもはっきりするし、自分の限界を知ることもできる。神の島3丁目の皆さんには、いい経験をさせてもらったことを感謝したい。風をよみながらヨットを走らせるのとはまたちがった、30人が息を合わせて船を疾走させるぺーロンの魅力、やってみなきゃわからない!
![]() 撮影 K.I. |