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■ new SALAKU レストア整備日誌(3) ■

       
■ 2002年7月5日 ■

4日ぶりで堺へ戻る。岸やんはキャビン内手動ビルジポンプの排水ホースの設置作業。35ミリの蛇腹ホースをポンプからコックピット手動ビルジポンプの排水ホースに接続した。普通のヨットにはキャビン内の手動ポンプは設置されていない。レース規定で指示されている項目の一つだ。
こちらはビルジだまりの掃除をした。コックピットの手動ビルジポンプのストレーナーがゴミで詰まっていたので調べてみるとビルジがヘドロだらけだった。上にエンジンがあるので隙間から手を突っ込んで一つまみずつかき出すしかなかった。床に這いつくばって右手をビルジだまりに突っ込む作業を一時間くらいやった。油臭いヘドロがカップ麺の容器に半分くらいたまった。
このあと排水ポンプのテスト、結果良好。
プロパンガスのテストをしてみたが、ガスがコンロまで来ない。

■ 2002年7月6日 ■

岸やんとあきちゃんが半日かけてセンサーから計器への配線。。リーボードクロスの取リ付けアイをボルトナットで取り付け。
ロイヤル石津ヨットクラブのバーベキューがあり、ごちそうになった。暑さのせいか食欲があまりなかった。風呂屋へ行くのが面倒になり桟橋で水をかぶる。飲んだあとだったせいか、水が冷たかった。

■ 2002年7月7日 ■

西宮の一文字ヨットクラブのレースに岸やん、小川君と行く。ファー45に乗せてもらった。自分としてはスピン関係の儀装を見たかったため。岸やんは仕事半分でしかたなく来たというようなことを言ってはいたが、レースが始まると先頭になってやっていた。20ノット前後の風が吹く中、ずっと8ノットちかいスピードで走った。
このクラブには若いメンバーが多いことに驚いた。すごく活気があった。ファー45は鳥羽・パールレースや03年のグアムレース参加を予定しているそうでライフラフトやイパーブを積み込んだ。
さらくに戻ってから小川君の友人が来た。ヨットには素人だがメル阪レースに関心がある人。帆船あこがれで荒れたバス海峡を帆走した経験があるそうだ。

■ 2002年7月8日 ■

さらくで寝泊りしているが、晴れた日は23時ごろまで船内が暑く寝苦しい。未明には涼しくなるが、日の出とともにまた暑くなる。
寝ていられないので5時過ぎにおきた。

VHF無線機の作動テスト。レース規定により取り付けたマストトップのアンテナをつなぐと神戸保安や大阪マーチス、本船の電波も入感。この無線機とアマ無線機の配置を決めてマウントを取り付けた。ラダー室にもぐりこみ、コードラントのターンバックルに割りピンを入れた。
岸やんが現れない。昼過ぎに連絡があり、病院で点滴を受けたとか。昨日は西宮へ行く前と帰ってきてから船底塗装の仕事をしていた。ついにタフガイも倒れたか。今日は風呂屋が休みなのでマリーナの水だけのシャワーを借りた。

■ 2002年7月9日 ■

まだ少し具合が悪そうな岸やんがラダーの舵角センサーの取付けを始めた。途中で鉄工所に電話して取付け金具を注文していた。今ごろどうして??
作業を手伝ってラット(舵輪)を回していて、あれっと思った。
ラットと舵の動きが逆になっている。このままでは右にターンしたくてラットを右に回しても船は左へ行ってしまう。スクリューに続いて、また逆回転事件だ。ラットの動きはワイヤーで伝えられるので、どこかでワイヤーがクロスしていないとラットを回した方へ船がターンしてくれないのにそうなっていないのだ。岸やんはこういうことにはほとんど関心を払わない。ワイヤーを交換するためにラットのシステムから古いワイヤーを抜いたのは岸やんだった。ほかの仕事に行くために急いでバタバタと作業していたことを覚えている。その時気をつけていればワイヤーがクロスしているのがわかったはずだ。
セーリング関係の儀装には並々ならぬ関心を示すが、オートパイロットやエンジン関係のことは知らないのか関心がないのか、どうでもいいと思っているのか。せっかく器用でいい技術はもっているのにもったいない話しだ。どこまで信頼できるのか、わからないまま仕事をまかせることはできない。疲れる。昨日汗だくになって入れたばかりの割りピンを抜いてクロスさせる作業を始めたが暗くなったのでやめた。
午後、コスモマリンの太田氏が来て、超蒸し暑い船内で計器類の配線を始めたがGPSが機能しないと持ち帰った。
デッキにプロパンガスコンロが数日前からほったらかしになっていた。岸やんが持ってきた中古品だが、ボンベからガスが来ないので狭い船内に持ち込む気がせず、そのままになっていた。雨が降り出したのでさすがの岸やんも船内に入れた。コンロは一工夫しないと取付けできないし、ガスはどうするつもりか。
彼は金曜にはオートパイロットの設定をするため出航すると言っていた。この調子で、いったい間に合うのか。

■ 2002年7月10日 ■

台風接近で時々雨が降る。午後、風が強まる。1人でバッテリー交換をやった。古いものをはずし、新しく密閉型のものを入れて接続。全部で五つのバッテリーを入れ替えた。メインセールのスライダーにつくシャックルをチェックした。ベルトに変えたほうがいいようだ。
台風を口実にしてか業者はあらわれなかった。北東の風で港内は静か、のんびりと過ごした。

■ 2002年7月11日 ■

黒田君が車で来てくれたので、海図を買いに行った。長崎では通信販売でしか買えないが、大阪ではすぐに手に入る。
ラットのワイヤーを修復した。
ガスコンロは別なものを取付けてみたら点火した。今まであったコンロを船外へ運び出した。オーブン付きの豪華なコンロだったが火が付かないのではどうしようもない。

■ 2002年7月12日 ■

オートパイロット関係の配線が終わったので、設定のため港を出て機走した。岸やんとコスモマリンの太田さん同乗。ずっと桟橋に停泊させたままでの作業が続いていたので、港を少し出ただけだったが気持ちよかった。三ヶ月近く続けてきたレストア、整備の作業も、ようやく終わりに近づいてきたことを実感。

■ 2002年7月13日 ■

ドジャーを作ってくれた新矢さんが来たのでホームセンターまで車に乗せてもらった。クオーターバースの床を修復するために適当な角材、接着剤などを教えてもらいながら買う。
岸やんとあきちゃんはコックピットを照らすライトの取り付け。数日前に岸やんがライトを持っては来たが、他の仕事があるので取付け作業ができるかどうかわからないとほったらかしにしてあったライトだ。取付けしないのなら、持って帰るよう言ってやろうと思っていた。ライト一つ付けるのに、ほとんど丸一日かかる。ヨットの作業は効率が悪い。

■ 2002年7月14日 ■

セーリングしようと呼びかけたら七人が集まってくれた。南風が強くヨットが桟橋に押し付けられてしまい、皆さんに押してもらいながら二回目でようやく出られた。ブローで10メートルくらいか、2ポンリーフして走った。大阪湾への出口では波高2メートルくらいあってスプレーを浴びた。
スピンの2シート方式を教えてもらおうとベテランバウマンの久米さんにも来てもらったが風が強すぎたのでスピンはあげられず残念だった。
細かい所で不具合が見つかったので回航までに直したい。
台風7号が接近中。ここの桟橋は部分的にアンカーで固定してあるだけだから南風が強まると、変形してしまって良くない。

■ 2002年7月15日 ■

岸やんとあきちゃん(岸やんの奥さん)が計器板の配線をかくす板とクオーターバースのリーボードクロスを取り付け。
板はなかなかいい出来栄えで、白板でも取付けてクルーどうしの連絡用にしてもいい。
あきちゃんの原付を借りてホームセンターへ足りない工具類を買いに行った。トラックだらけの産業道路を原付で走るのはかなり怖かったがボルトクリッパーなどを買ってきた。マストが折れた時にサイドステイのロッドを切断するための物だが、長さ70センチ以上もあるハサミのお化けのようなこのクリッパーを大揺れのデッキ上で使うのはかなりむつかしそうだ。
クオーターバースの天井板の再取付けをした。これで再取付けしていない天井板はチャートテーブルの所だけになった。GPSの到着待ちである。

■ 2002年7月16日 ■

台風が接近するというので夜中も時々目を覚ましながら警戒したが、まったく静かな夜で拍子抜けした。台風のおかげで小型船ブローカー・岸やんの広島からのヨット回航計画が延びて、さらくの作業が思いのほか進んだ。
このヨットを購入した時、計器類は古くてまったく働かなかったので、B&G新鋭のシステムをかなり無理して購入した。どの計器も使う人の意思どうりの表示が可能というものだ。
表示をチェックしていると水温計が30度くらいの数字を示すので、おかしいのではないかとコスモマリン・太田氏に電話。答えは速度センサーに付属している機能だからアバウトな表示しかしないのだろうということだった。水温計は外洋を走るとき海流に入っているかどうかの目安になるだろうとその機能に期待していたが、もしそんな程度のものならとんだ期待はずれの代物ということになる。それに水温程度のことでゴチャゴチャ言ってくるのはアンタくらいや、という意味のことを言われた。コスモマリンはヨット界の独占企業なのだろうか。こうした対応をされたのは、これが初めてのことではない。
いずれにせよ、いったん取付けたGPSが故障していて新しい物を取り寄せ中ということもあり、計器類が完全に正常な機能を発揮するまでは費用を支払うつもりも必要もない。

■ 2002年7月18日 ■

    清水市で海洋教室を開いている内海さんと小川君が来て出航。内海さんとは以前、静
    岡に住んでいたころお会いしたことがある。「外洋ヨットは整備が終わって、やっと80%
    だからね」と言われ同感。人から何パーセントできた?と聞かれると答えに困る。
    大阪湾に出てオートパイロットをテスト。ブローで14ノット、波は1m。
    デッキとマストの隙間に入れておいた板がセーリングの間に前部落ちてしまっていた。         作業のやり直しだ。
■ 2002年7月19日 ■

台風に備えて停泊場所を移動した。
岸やんが新古品のもやいロープが200mあるが買わないかと持ってきた。台風を前に売りこむとはさすがに商売人だ。30mと20mにして買った。
21日からしばらく長崎に帰る。

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