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■ 山と水の島、屋久島(3) |
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縄文杉を見に行くことにした。6時には出発するつもだったが、夜中に風が強まり岸壁に横付けしていたさらくのクリートやフェンダーが一晩中音をたて続けて寝られなかった。たまりかねてアンカーを落としてさらくを岸壁から離す作業をしていたので出発が遅れ、標高1300mの縄文杉めざして山道を登り始めたのは8時ごろだった。おまけに入山者が少ない白谷からの道を選んだためルートがわかりづらい。 下山が遅れると暗くなる、そうなれば山中で迷う可 能性が高いと道を急いだ。 |
| 辻峠のあたりで角をつけた鹿が目の前に現れた。10mくらいしか離れていなかったが、逃げもせずに木の芽を食べていた。 暗かったため、写真がブレてしまった。 |
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辻峠を下りて荒川からのトロッコ道に出会うまで2 時間かかった。トロッコ道を1時間くらい歩き、再び 山道に入る。急な登りが続いた。所々にこうした 階段がつくられていた。夏には、この階段が人で うまり、すれ違いもままならないほどに混雑する そうだ。 |
| 登り始めてから4時間と15分、ようやく縄文杉を見られた。霧の中にドーンと立っていて圧倒された。幹にコブのようなものがたくさんあって、普通の杉のイメージからはほど遠い。 根元まで行くことは禁止されていて、近くの展望台風の所から眺めるしかなかった。樹齢は2000年以上とも7000年とも言われている。 高さ25mと書いてあったが、もっと高いように感じ た。 |
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登山道ではあまり人と出会わなかったが、ここまで 来てみると20人くらいの人がいた。ガイドに案内さ れたグループもけっこういた。山岳ガイドは、島に 何十人もいるそうだ。 |
| このあたりの森は江戸時代から人が入って伐採が始められたので、かなりの数の大木が切り倒された。木は加工されて江戸などへ送られ、薩摩藩の財政を潤していたらしい。 しかし、なぜこの木だけが残されたのだろうか。 |
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トロッコ道から見た渓流。 縄文杉のところにいたのは30分間、あとは往復8時間ほぼ歩きづめだった。 世界自然遺産に登録された屋久島の人気は高く 、関東や関西から訪れている人達が多かった。 観光バスで屋久杉の森を見られる場所も整備され ていた。 自然が身近にあるし温泉なども素朴なまま、そんな所が人気の秘密だろうか。島内には若い人もけっこう残っているようすで活気が感じられた。 長崎の五島列島の教会群を世界遺産に登録して もらおうという運動も、こんな屋久島に刺激されて のことかもしれない。 |