口之津港訪問記('03.09.07) BBS TOP


口之津港沖見える雲仙普賢岳


帆船ビル

 長崎港から35マイル、潮流に乗って早崎瀬戸へ吸い込まれていくと普賢岳がどんどん大きく見えてくる。口之津港の手前で目に付くのが「帆船ビル」。この港にはかってポルトガル帆船が寄港して南蛮貿易が行われていた。この史実にちなんでつくられているこの建物、実は下水処理場である。
 口之津港へは連れ潮で接近すべし。渦まく流れから左へひょいとそれると港の入り口があり、港内は流れの影響も受けず穏やかだ。

 最も奥にフェリー用桟橋があり、その左側に青い色のポンツーンがあって泊められる。
 港内には二隻のヨットが振れ回しで係留してあり、うち一隻はチタ二世号だ。レストアの途中らしい。もう一隻は「たかひろ二世号」。このヨットのオーナーが山本さんで、今回さらくを迎えてくれた。といってもまったく偶然に通りかかっただけだったが、もやいロープを取ってくれた。その現れ方があまりにタイミングが良かったので、ポンツーン管理者が接近するヨットを追い払うべく現れたのかと勘違いしたほどだった。
 


左より 酒井さんと山本龍信さん

この口之津港は近くにスーパー、飲食店、役場、郵便局、トイレ、そして温泉がある便利な港だ。このポンツーンは主に漁船が水揚げしたり、燃料を入れたりの一時停泊場所として使っているようだ。空いていれば泊められるが、なるべく岸壁よりに泊めておけば前述の漁船からは喜ばれる。

 今回ここに来たのは、アマチュア無線局JA6ARM、酒井修さんとお会いするためだった。
酒井さんにはメルボルン・大阪ヨットレースの際、パソコンが使えなくなって天気図が取れなくなったおりに無線で気象情報を伝えていただいた。台風や前線の情報は外洋航海にとっては最も必要なものだ。また、ホームぺージの原稿も取り次いでもらった。

 ヨットのことは知らなかった酒井さんだが、わざわざヨット関係の本を購入してこちらの言っていることを理解しようとしてくださっていたということを今回初めて知った。
 無線機を置いている自宅が海抜100mの見通しのいい場所にあるそうで、酒井さんの電波は南半球でも非常に強力に受信できた。シーガルネットのメンバーでもあり、太平洋を航海するほかのヨットとも交信を続けているそうだ。外洋を走る孤独なヨットにとっては、まったくありがたい方である。

 夜は山本さんと漁船からもらった鰯を肴にヨット談義ができたし、焼酎の青一髪は買えたし、ギアボックスからのオイル漏れは直ったし、船底塗装したばかりのさらくは速かったし、一泊二日のよか航海でした。


JA6ARM 酒井 修さん
交信のようすはメルボルン→大阪ヨットレース航海日誌のページ
をご覧ください。