ペーロン


 江戸時代、長崎港に来た中国船の船員たちが始めた船の競争が日本人の間にも広がった。中国語のパイロンが訛ってペーロンになったといわれる。全長およそ13,5メートルの和船に約30人が乗って速さを競う。








 
長崎の夏の最大行事はといえばペーロン大会だ。海に面した所では、日曜になると必ずどこかで町内対抗の大会がおこなわれている。毎年7月下旬には長崎港で各地区の代表チームが競う「長崎ペーロン選手権大会」も開かれる。転勤で長崎に来たのは5年前だが、これまでは仕事のせいでゆっくり見ることもできなかった。
いつかやってみたいと思っていたが、偶然ある町のペーロンのリーダーと知り合うことができた。頼みこんで、その町、神の島3丁目のペーロンに乗せてもらうことができた。

神の島地区はその名が示すとおり、昔は長崎港の入り口にある島だったが、今では埋め立てが行われて地続きになっている。3丁目はその中でも最も外海に近い小さな漁港を中心にした地区だ。
7月の最初の日曜日、艇庫にしまってあるペーロンを海に出す作業があった。1トンちかい重量があるペーロンだが、中学生から中年まで30人以上の男達がかつぎあげて浜へ出した。練習用と試合用、2隻のペーロンがあるが、この日は練習用だけを海に浮かべた。

練習はじまる
練習は水、木、金曜の3日間、夕方6時半から3時間おこなわれた。以前は陸上での筋トレを1週間、海での練習を1週間やっていたが、参加者を集めるのがむつかしくなったので短縮したそうだ。
ペーロンは漕ぐものとばかり思っていたが、実際には櫂(かい・オールのこと)を海面に突き刺して引くことによって推力を得るものだった。だから腕だけをチョロチョロと動かしていればいいというものではなく、かなり独特な体の使い方を要求される。両腕を頭上に伸ばして櫂を持ち、そのまま上半身を斜め前に倒しこんで櫂を海面にボスッと突き刺す。体がもとの姿勢にもどる力を利用して櫂を引きこみながら抜く。この繰り返しである。

名門、神の島チーム

この動作を1分間に少なくとも65回くらいのピッチでおこなう。最初は、予想以上のピッチの速さに腰骨がはずれてしまうのではないかと心配になった。少し慣れるとピッチが70以上にあがる。ところが、すれ違う他の地区のペーロンのピッチははるかに遅い。聞いてみると、これが3丁目独特のトレーニング方法だということで、速いピッチで練習しておけば筋力もつくしレースの時のダッシュの練習にもなるという。3丁目がこれまでの大会でほとんど優勝をさらっているのも、この練習があったからこそだとも聞かされた。3丁目がそれほどの強豪だということも知らなかったので、これは大変な所に来てしまったと思った。「腕を伸ばせ、体を前に倒せ」と言われながら練習を続けた。
かって神の島ペーロンチームは県大会で優勝しホンコンまで遠征したことがある。3丁目からも主力メンバーが参加した。だが、今その3丁目も悩みをかかえている。それはペーロンに乗ろうという人が減ったことだ。狭い地区なので若い人達が外へ出ていってしまい高齢化しているということもある。さらに悪いことにはこれまで3丁目のペーロンに乗っていた隣の地区が今年は自分達のペーロンチームを結成したので、主力メンバーの多くが抜けてしまった。そこでやむをえず、知人や友人それに僕のような部外者まで参加させて必要な漕ぎ手の人数、28人を満たしているのが現状だ。

金曜日は最後の練習ということで、最もきついトレーニングだった。町内大会のコース、約1000メートルの直線を
全力で2往復した。前日までは1往復だったのでそのつもりでやっていたら続けてもう1往復というのだからまいった。このほかに90ピッチくらいでおこなうスタート練習、打ちこみ(ピッチをあげる)の練習、岩漕ぎ(船尾を陸にロープでつないだままで漕ぎ、フォームをつくる)など3時間の練習でクタクタになった。